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路線紹介 No.2

長野電鉄 木島線

(信濃安田〜田上 22/Feb/02)

平成12年3月末日で廃止となる路線です。
廃止だからの緊急企画でもないですが、
ある事情で近所に来ているのも何かの縁と思い
写真集のような感じではありますが紹介します。
過去のデータ等は自身で調査したものであり、公式のものではありません
(ここにある内容は、
長野電鉄褐式HPや鉄道紙などの資料を参照しております)


1.木島線の概要

 あまり個人的にはなじみのない路線でありますので当方の資料も乏しく申し訳ないの
ですが大正9年に地元有志の方々で創設された河東鉄道梶i屋代〜木島間)の最終工期
線として、大正13年8月に着工。翌14年7月に四ヶ郷停留所、赤岩停車場、柳沢停
車場、安田停留所、木島停車場の5駅12.9Kmが開業したようです。
(これにより1期の屋代〜須坂間・2期の須坂〜中野間と併せて河東鉄道50.4Kmが
全通)

 なお、この時期はたぶん千曲川左岸の飯山鉄道梶i現JR飯山線)が飯山まで、長野電
気鉄道鰍ェ須坂〜権堂(現在の地下駅とは場所が異なる)間で開業しているはずで、河
東鉄道鰍ニしては長野中心部に位置する権堂駅と繋ぐことにより飯山鉄道鰍ニの競争力
を確保する為と将来の野沢延伸も視野に入れ、河東線の電化を建設中から見込み樽川沿
いに木島第一発電所(現中部電力鞄。平発電所)を平行して建設しなんと開業から半年
の翌大正15年1月末にはD.C.1,500Vの電化が完成しているのである。
(右の写真は四ヶ郷駅構内の架線柱に取り付けてあった架線柱番号票。
「河東線 中七三 大.14.12」と今現在でもはっきりと読みとれる)

 この後、同年3月に田上停留所を設置し、長野電気鉄道との相互乗り入れも行われ木
島平と善光寺平を結ぶ機能も持てるようになった。
(この長野電気鉄道は河東鉄道と経営陣がほぼ同じで、同年9月には合併して現在の社
名である長野電鉄鰍ノ社名を改めている)

 そして、昭和に入り戦時中も大きな混乱はなかった様子で、戦後となる27年に飯山
市関沢(大関橋右岸)までの事業免許を申請し許可される。これは野沢温泉までの木島
線延伸計画第一弾で、この時期長野電鉄は観光路線としてアピールしたかったようだ。
現に中野からの湯田中温泉延伸、(更に渋温泉までの計画もあった)昭和30年代に入
って長野〜木島間に特急「のざわ」(200系で運行)の設定、国鉄屋代駅から急行列
車の木島まで乗り入れなどかなり意識していたことが伺える。
 しかし、事情は良くわからないが「のざわ」設定後、僅か1年で関沢までの事業免許
は取り下げられた。(尚、昭和36年に中野北停留所が開業。これで現在の姿が整うこ
とになる) 

四ヶ郷駅に残る開業当時の架線柱票
 ところが昭和40年代にはいるとご多分に漏れず、木島線もモータリゼーション
の波にさらされることとなる。国道292号線が整備され飯綱から中野までの隘路
が解消され、各集落の足となるべく努力するも圃場整備と共に引かれる高規格の連
絡道路に乗客は奪われて行ったのであろう。

 記録によると昭和42年をピークに輸送人員は減り続け、現在は20%を割り込
むまで落ち込んでいるという。開業当時から続けた貨物扱いも昭和47年に全廃、
小荷物営業も昭和57年までに全廃。昭和43年に田上停留所を無人化したのに始
まり、平成5年までに赤岩、信濃安田(昭和5年に安田から名称変更)柳沢を無人
化(中野北停留所は開業当初より無人)、CTCの導入で運転現場業務の省力化、
そして全列車ワンマン化。。。

 その他にも木島駅引揚線(元貨物用1番線)や赤岩の停留所化などの線路盤撤去
(赤岩のホームが比較的幅が有るように思えるのはこの為)なども行い施設維持費
の軽減を行っている。
 しかし収支バランスの改善は見られず、平成11年8月までには四ヶ郷、木島も
無人化してとうとう、木島線内には運転乗務員と保線区員以外係員が全くいなくな
ってしまったのである。
 維持費とのバランスは改善されないまま、設備の老朽化に対する保全費用などの
捻出も困難になり、平成13年、廃止の届け出となったようである。

同じく四ヶ郷駅構内にあった古い書状受

2.各駅のデータ(各駅名から写真にジャンプできます)

中野北停留所
(なかのきた)
開設日 1961.1.11
信州中野駅から 1.6Km
路線起点より 39.1Km
施設の構成 相対式1面1線
施設の扱い 停留所
四ヶ郷停留所
(しかごう)
開設日 1925.7.12
信州中野駅から 3.6Km
路線起点より 41.1Km
施設の構成 相対式1面1線
施設の扱い 停留所
赤岩停車場
(あかいわ)
開設日 1925.7.12
信州中野駅から 4.8Km
路線起点より 42.3Km
施設の構成 島式1面1線 (開設時2線)
施設の扱い 停留所  (開設時信号所)
柳沢停車場
(やなぎさわ)
開設日 1925.7.12
信州中野駅から 6.3Km
路線起点より 43.8Km
施設の構成 島式1面2線/相対式1面1線
施設の扱い 信号所
田上停留所
(たがみ)
開設日 1926.3.1
信州中野駅から 8.8Km
路線起点より 46.3Km
施設の構成 相対式1面1線
施設の扱い 停留所
信濃安田停留所
(しなのやすだ)

(開設時は安田停留所)

開設日 1925.7.12
信州中野駅から 11.4Km
路線起点より 48.9Km
施設の構成 相対式1面1線
施設の扱い 停留所
木島停車場
(きじま)
開設日 1925.7.12
信州中野駅から 12.9Km
路線起点より 50.4Km
施設の構成 島式1面2線(1線は切欠頭端)
開設時は頭端式1面2線(1線は切欠頭端)/相対式1面1線
施設の扱い 信号所

3.廃止直前の木島線

 2002年3月現在、木島線電車は専用の2両編成が2編成で運用にあたっており、上り下り各15本の15往復
が設定されている。ダイヤは朝夕に両編成が柳沢で交換しする相互運転を行い、朝木島駅を始発で出た編成は
日中須坂駅で待機している。そして最終を木島発となり翌日は終日運行を行うように組まれている。
 車両は元営団ステンレス車の3500系でロングシート3扉2両編成。それぞれ01,02編成となっている
木島線の写真集へ 個人的に撮影したスナップ写真集なのであまり良いものはありません。
まだ撮影が出来れば随時増やしていきます。
写真は(原版は640×480と1280×960が混在)加工して多少軽くしてありますが
ページ自体はかなり重たいですのでご了承下さい。
なお、nakajiさんのページにも木島線のコンテンツがあります。
左のバナーより行けますのでぜひ訪問してみてください。

平成14年3月31日の廃止の日まで、通い慣れた道を走り続ける木島線列車
(信濃安田〜木島間 15.Feb.2002)

4.今回のおまけ (JR飯山線)

せっかく飯山市にいるのだから飯山線も少々(笑)
飯山線は信越本線豊野から上越線越後川口までの106.4Kmを結び、ほぼ全線において千曲川〜信濃川左岸に張り付くように走っている。沿線には童謡ふるさとで有名な豊田村、戸狩温泉の飯山市、鉄道積雪量日本一の栄村、雪太郎にんじんの津南町、雪祭りとほくほく線接続駅の十日町と、観光資源も少なくない。
運転系統は基本的に長野側は長野〜戸狩野沢温泉、新潟側は十日町〜越後川口・長岡で区切られており、戸狩野沢温泉〜十日町間は一日8往復(始発と最終は上り下りとも森宮野原発着)となっている。
 
                               

木島平のほぼ中央に位置し、
奥滋賀から、北志賀を望む
信濃平(しなのたいら)駅

この駅も開業当時は信号所であった。
現地の線形と、ホームを見れば一目瞭然である

                               

運用されているのはJR東日本標準となっている
キハ110系

この飯山線で運用されているのは、
もと北上線経由で田沢湖線の改軌工事中に
運転されていた「特急秋田リレー」用に製造
された110系の一群を一般車改造したもの

車内を用見るとデッキの仕切あとなどが
見て取れる

                (飯山〜北飯山間)

                              

戸狩野沢温泉〜十日町間の列車は極端に
少なく、全線通し運転の列車は長野発が4本で
越後川口発長野行きは設定がない

このあたりから新潟方面は、只見線と遜色ない
豪雪地帯を行く

隣の栄村にある森宮野原駅にはJR最高積雪量
約8mの表示柱がある

               (桑名川〜西大滝間) 



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